心配されていた台風の影響も最小限ですみ、無事2学期がスタートしました。少し疲れている様子の子も見られましたが、先生や友達に久しぶりに会えて、どの子もみんな嬉しそうにしていました。暑さ対策のため、少し短い時間での始業式となりましたが、子供たちは、2学期に頑張りたいことを大きな声で発表していました。厳粛な中にも、活気ある始業式となりました。
心配されていた台風の影響も最小限ですみ、無事2学期がスタートしました。少し疲れている様子の子も見られましたが、先生や友達に久しぶりに会えて、どの子もみんな嬉しそうにしていました。暑さ対策のため、少し短い時間での始業式となりましたが、子供たちは、2学期に頑張りたいことを大きな声で発表していました。厳粛な中にも、活気ある始業式となりました。
昨晩の大雨で、金魚池が満水となりました。水漏れしている池は、いつも水量が少なかったので、広々とした池に、金魚やメダカが嬉しそうに泳いでいます。まだ暫く雨が続きそうなので、水が溢れないかが心配です。台風対策は、万全にしていますが、来週からの2学期スタートを前に、台風や大雨の被害が出ないことを祈っています。
来週からの2学期のスタートに向け、各クラスの黒板には、担任から子供たちへのメッセージが書かれていました。久しぶりに子供たちに会えることを考えると、胸が嬉しい気持ちで満たされます。後は、すべての子供たちがゆっくりと体調を整えて元気に登校してくれることを願うのみです。
夏休みも残すところ後3日間となりました。校庭では、今日も学童の子供たちが元気に遊んでいます。早く友達に会いたい、2学期が待ち遠しいという人もいるとは思いますが、多くの人が夏休みが終わってしまうことに残念な気持ちになっているかと思います。ですが、ゆっくりと過ごすことも含めて、夏休みにしかできないような思い出を残せた子も多かったのではないでしょうか。今は、9月2日に子供たちに会えること、そして、夏休みの思い出話を聞くことが楽しみです。
職員室のエアコンは、専門業者の方にみていただき復活した後も、同じ症状で止まってしまうことが続いていました。時間をおいて再起動させながら騙し々使っていたのですが、今回、新しいエアコンが入ることになりました。限られた予算の中、迅速に調整してくださった方々のお陰で、熱中症にならずにすみそうです。来週から始まる2学期も、スムーズにスタートできそうで安心しました。ありがとうございました。
オリンピックの余韻がまだ残っていますが、日本人初のオリンピック選手として、明治45年(1912)のストックホルム大会に出場したマラソン選手に「金栗四三」がいます。彼は、2021年東京オリンピックの開催前、NHK大河ドラマの主人公にも取り上げられていました。「日本マラソンの父」とも言われた「箱根駅伝」の創始者の一人です。
そして、何と、この金栗氏が、大正8年(1919年)11月15日、埼玉小の校庭で開催された運動会(マラソン競走)に審判員として招待されていました。運動会が無事終わり、その帰途の列車の中で、金栗氏は「箱根駅伝」の構想を初めて同乗者に話したそうです。その3ヶ月後(大正9年2月14日)、第1回の箱根駅伝大会が「四大校駅伝競争」の名称でスタートしています。これからは、新春の箱根駅伝を観るたびに、埼玉小学校での運動会が発端となっていたことを思い出しそうです。
参照:「箱根駅伝公式HP(どうして箱根駅伝は始まったのか?)」
【 ↓ 今年の「埼玉小運動会」】
今年4月、初めて埼玉小の体育館に入った時、その広さに驚きました。延面積959.31㎡、小学校の屋内運動場としてはかなり立派な体育館です。建てられたのは、昭和63年(1988年)3月、今から36年前です。それまでは、昭和36年(1961年)に建てられた「講堂」が使われていました。講堂が建てられるまでは、木造校舎の三教室の戸を外して入学式や卒業式を行っていたそうです。当時、この講堂の建設にあたっては、多額の寄附が集まったり、基礎工事にPTA役員90名総出で関わったりしており、ここにも地域の方々の並々ならぬ思いがあらわれています。
【 ↓ 旧「講堂」(上)と、現「屋内運動場」(下) 】
8月24日(土)6:30~、たくさんの保護者の方々にご協力いただきながら、校内の除草作業を行いました。計画当初、熱中症を心配していましたが、気温の上昇が少ない中、作業を進めることができました。6年生の子供たちにも、大活躍してもらい、生い茂る草を根こそぎ刈ってもらいました。短い時間での作業でしたが、花壇も校庭の周囲も見違えるほどきれいになりました。お陰様で、晴れ晴れとした環境の中で2学期の学習、そして生活に臨むことができます。本当にご協力ありがとうございました。
埼玉小では、「さきまる」と「たまひめ」がマスコットキャラクターとして、ながく子供たちに愛されてきました。その誕生を遡ると、今から14年前、平成22年(2010年)7月になります。実はこの時、「さきまる」だけが先に誕生しました。
当時、「さき」は埼玉の「さき」、「まる」は丸墓山の「まる」をとって、子供たちが命名しました。さらに、「さきまる」には、①先「さき」を見て行動していくこと(先見)。②目標をもって前「さき」に向かっていくこと(前進)。③自分を取り巻く人たちと和やかに「まる」く生活し、よりよい人間関係を築き、(絆)を深めていくこと。つまり、「先見・前進・絆」の願いを込めた象徴となっているそうです。
その後、平成27年(2015年)、新たに「たまひめ」が加わり、現在の「さきまる・たまひめ」となりました。どちらも、当時、埼玉中学校の美術の先生だった方がデザインしました。ちなみに、埼玉中学校や埼玉古墳のキャラクターもこの先生のデザインです。
各学年の後期用教科書が届きました。後期用教科書は9月に入ってすぐに配布する学校がほとんどです。これは転出入等によって給与ミスが起こらないよう、配布時期をそろえているからです。教科書の費用は、国民の税金で賄われているからこそ、厳格な基準のもとで配布しています。子供たちに教科書を配布した後もすぐに使うことはありませんが、お家でも記名や乱丁等をご確認いただき、使用する時期まで大切に保管しておいてください。
現在の埼玉小校舎が建てられたのは、今から51年前の昭和48年(1973年)、ちょうど開校100周年の年でした。校舎新築にあたっては、地域の方々からの寄附も集まり、「国旗掲揚塔」や「旧校舎玄関前に遊ぶ児童の彫刻額」なども寄贈されました。また、開校100年を記念して、教職員、卒業生、在校生らによる「校舎落成記念文集」が発行されています。
子供たちの作文を読むと、大正時代から続く古い木造校舎を失いたくないといった想いや、新しい校舎に埼玉小の伝統を引継ぎ、素晴らしい学校にしていくという決意が感じ取れます。その新校舎も、多くの子供たちとの歴史を積み重ね、今では子供たちにとっても、地域にとってもかけがえのない存在となっています。
【 ↓「校舎落成記念文集」と「国旗掲揚塔」】
【 ↓ 職員玄関奥に飾られる「彫刻額」(髙橋幹治氏作)】